太宰治・川端康成と船橋~ゆかりの地を巡る~



 近代の文豪である太宰治と川端康成が船橋にゆかりが深いことをご存知でしょうか。市内には、その文学活動をうかがうことのできる文学碑などがあります。

内容:講義と散策
講師:鈴木睦男氏(市生涯学習インストラクター)
資格:20歳以上
定員:25名
2019年5月5日(祝)より事前に申込み

太宰治と船橋の関係

太宰治は、短い期間ですが船橋で生活していました。昭和10年(1935)7月、26歳の時に千葉県東葛飾郡船橋町五日市本宿一九二八番地(現 宮本一丁目)の新築の借家に移り住みました。この頃の太宰は、盲腸炎をこじらせ腹膜炎となり、鎮痛剤パビナールによる中毒に陥っていました。その療養のため、妻の初代とともに東京杉並の天沼から転居したのでした。しかし、パビナール中毒を断つことができず、症状の悪化を心配した家族が井伏鱒二に説得を依頼し、昭和11年(1936)10月に東京の武蔵野病院に移ることとなりました。 約1年3か月の船橋滞在でしたが、この間に「ダス・ゲマイネ」「めくら草紙」「虚構の春」などの作品を発表しました。また、最初の短編集『晩年』を砂子屋書房から刊行しました。

川端康成と船橋の関係
川端康成は、昭和8~10年(1933~1935)頃、小説を執筆するために割烹旅館三田浜楽園(かっぽうりょかんみたはまらくえん)に何度も足を運びました。その旅館の一室で「童謡」をはじめとする何篇かの小説を書きました。そして、昭和10年(1935)、「童謡」が雑誌『改造』に発表されました。 「童謡」には舞台の名称は出てきませんが、割烹旅館三田浜楽園とされています。作品の内容は、旅館に泊まって絵を描いている日本画家の滝野と半玉(はんぎょく)※の金弥(きんや)を中心にした話です。 ※半玉(はんぎょく):見習い芸者のこと。

開催日 2019年5月24日 〜 2019年5月31日
場所 大神宮下駅集合
住所 大神宮下駅
料金 50円(交通費は実費)
備考 5月24日(金)午前9時30分~11時30分
5月31日(金)午前9時30分~正午

全2回